資本主義の限界

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資本主義に関する本を何冊か読みまして、成長にも限りはあるし、格差も是正が必要だとぼんやりと思っていたことが補強されたように思います。

『資本主義の次に来る世界』東洋経済新報社 ジェイソン・ヒッケル

原題が「LESS IS MORE  HOW DEGROWTH WILL SAVE THE WORLD」で、原題のほうが正しい本書の内容を伝えています。つまり、「脱成長」が地球を救う、ということでして、現在の成長信仰だと確実に地球に不可逆な影響を与える、ということがかなりの説得力で伝えられます。

資本主義は「交換価値」であり、ひたすら利益を追い求める

必要なのでその「モノ」を消費する、そのときそのモノは「使用価値」と呼びますが、「使用価値」だけなら、それほどカネは必要ありません。
資本主義では、カネは「交換価値」として扱います。「交換価値の価値を上げる」ということは、カネを増やす、つまり利益を拡大する、ということです。
利益を拡大するために、カネは、「投資」に使います。
何かを買うためにカネを持っているわけではなく、「投資」をするためにカネが必要、というわけです。繰り返しますが、カネを持つ目的は、何かを買う(使用価値)ためではなく、利益を増やすため(交換価値)です。
安定した利益を生むためには、再投資して生産プロセスを拡大し、前年より多くの利益を生む必要があります。資本は更なる資本を生むために再投資しなければならず、終わりがなく、ひたすら拡大し続けます。

追うものは利益額でなく、成長率

投資家は、利益「額」ではなく、成長「率」を追います。資本は、動かさなければインフレのため価値が下がるため、どこかに投資することになります。
どこに投資するかというと、「少しでも成長しそうなもの」に投資します。
逆に、成長が止まったところからは資本を引き揚げます。
こうして、より成長するところに資本が集まるため、成長競争となり、常に成長を余儀なくされるわけです。

成長の限界

しかし、成長のための資源は、自然や労働力から搾取されます。
問題は、生態系の完全性を徐々に損なうことにあります。
採取量が多すぎて、自然回復できる量を超えていることが問題なのです。
ローマクラブの「成長の限界」の問題点は、資源の有限さだけに注目していますが、それならば、代替の技術や代替の資源を見つければよい、という反論に弱いことにあります。
経済成長の問題点は、資源を使いつくす、ということではなく、資源や技術で代替や強化はできても、生態系を崩壊させることに変わりはない、ということです。

脱成長

このような状況にも関わらず、世の中が変わっていないのは、上位1%の富裕層の声が政治に反映されているからであり、そのためこの成長から逃れらません。民主主義ではなく、金権主義、とでも呼べる状況にあります。
最貧国は資源を搾取されて環境破壊に苦しみ、富める1%はますます栄えます。富める人たちは環境が破壊されても困らないので、ますます貧富の差が開きます。このままでは、環境が破壊される方向に突き進む未来しか見えません。
もし、上位1%の所得の半分を世界に配れば、世界中の人々が豊かに暮らせます。
自然回復する資源だけ利用すれば、温暖化にはなりません。
本当に必要なものを必要なだけ利用する社会(使用価値の社会)は、労働時間も減り、幸福度も増します。所得格差や貯蓄格差が緩和します。

『グローバルインフレーションの深層』慶応義塾大学出版会 河野龍太郎

2%インフレは物価安定を意味していましたが、実際に2%上がった現在、多くの人が困ったことだと認識しています。日本では異次元緩和をしましたが、人々は特に関心を示さなかったので、実体経済に影響を与えることはありませんでした。
値上げを許容しないから企業の値上げが困難だと考えられ、そのため2%の物価上昇は人々が値上げを許容したと間違って捉えられました。
この本では、物価上昇(インフレ)の原因について深く切り込んでいます。その一部をご紹介します。

生産性とインフレ

豊かになるにしたがい、サービスの経済化が進みます。
そうすると、生産性上昇率の高い製造業のウエイトが下がり、生産性が高くないサービス業のウエイトが上がるため、豊かになれば生産性上昇率が鈍化します(ウィリアム・ボーモルにちなんでボーモル効果と呼ばれる)。
製造業の生産性が上がれば、実質賃金水準は上がります。非製造業にも人材は必要なので同じように実質賃金は上がりますが、生産性は上がらないので、価格に転嫁されます。なので物価が上がります。つまり製造業の生産性が上がると物価が上がります(バラッサ・サミュエルソン効果と呼ばれる)。

金融緩和とインフレ

世界的な情勢により、グローバルサプライチェーンが分断される事態が発生しています。
当然、生産性は落ち、供給が滞ります(潜在GDPは落ちる)。
実際の総供給が潜在GDPを上回っていたとしても、総需要に近い(わずかに下回る)水準ならば、一時的なコストプッシュのインフレは元に戻ると判断されます。
しかし、潜在GDPが押し下がっているのに、金融緩和をしたらよりインフレします。労働供給の減少も潜在GDPを押し下げています。

金利とインフレ

民間資本収益率<国債利回りとなると、実物投資が敬遠され、金利が低いままクラウディングアウトし、景気は停滞します。
インフレを抑制するため金利を引き上げると政府の国債利払いが増えます。この増額分は、債務削減や税金から補うのではなく、国債発行で補っています。そのため資金供給が増え、インフレが加速します。そのインフレを抑制するため金利を上昇させ・・・のループが続きます。利払いを通じて政府部門から民間部門へ所得移転が続き、総需要が支えられ、インフレは抑制できません。
歳出削減や増税で利払いをした場合は、インフレは抑えられます。
利上げをしなければ利払い費が抑制され危機が回避できるというのは誤った見方であり、インフレが進む中で名目金利を抑え込むと実質金利が低下するため、通貨安インフレのスパイラルに陥ることになります。
なお、投資拡大を促すと、長期的には供給能力が拡大しますが、短期的には総需要が拡大し、インフレが高まります。

その他

海外でのビジネス拡大ばかりが追求されていて、経産省も、国内だろうと海外だろうと変わらず、むしろ成長しない国内より伸びしろのある海外でのビジネス拡大を是認してきました。
しかし、海外での利益拡大は国内での支出拡大にはさほどつながらず、むしろ内需をいかに拡大するかの努力を怠り、古いビジネスモデルを新興国に適用しただけの企業も少なくありません。
※国際収支では、第一次所得収支と呼ばれる、海外に投資した利子や配当金の額が大変大きく、日本の国際収支黒字化に大きく貢献しているわけですが、海外で稼いだお金は再投資されるだけで、国内に還流しているわけではありません。

少子高齢化はインフレ要因ととらえられることが多いですが、そうではなく、それを見据えて企業は行動するため、国内投資を抑制し、海外に投資をします。その結果総需要が減少し、デフレを起こします。いずれ総供給も実体的に減少しますが、まずは総需要が減少することとなります。

GDPが増えていますが、同時に格差も広がっています。格差が広がっても、所得水準の高い層の支出性向は極めて低いため、一国全体で所得が増えても支出はさほど増えないため、貯蓄と投資がアンバランスで自然利子率は低下圧力がかかります。

マクロ経済全体でコストカットにまい進すれば、自社の売上がますます減るという悪循環に陥ります(合成の誤謬)。本来やるべき生産性の向上を怠り、コストカットに走った結果不景気になっています。オフシォアリングをして安い海外の人材を使ったからといって、生産性の高いビジネスが国内で容易には生み出されません。

「資本とイデオロギー」みすず書房 トマ・ピケティ

格差について述べた本で、1000ページくらいある大著です。順番に読んでいかないと最終章に論理帰結しない、というすごい本。移民問題については、どうするかちょっとよく分からなかったのですが、国内問題についての分析は圧倒的で説得力を持ちます。要約すると以下のような感じでしょうか。

三層社会

格差は過去の「三層社会」からさかのぼります。三層とは、聖職者、貴族(軍人)、平民からなる層。
当時の不安定な世界では、平穏をもたらしてくれる構造が必要であり、層間に格差はありましたが、三層が社会にはあっていました。聖職者約3%に対して、財産は25%偏り、それは協会の維持存続に必要とされていました。

フランス革命、イギリスでの改革

フランスでは、革命によって、特権が廃止され、平等な権利に基づく所有権社会になりました。ただし、過去に獲得した財産は尊重され(再配分には常に異論が生じて終わらないため)、税は累進ではなく定率で、相続税も低かったことから、富は一部に集中し続け、格差は拡大しました。第一次大戦前にようやく累進課税が成立しました。
イギリスでは、政治的に王が修道院を解散し、新たなリソース(所有権、等価性、交換と蓄積)を国にもたらしました。貴族が力を失ったのは、投票権が拡大されたことと累進課税が導入されたことによります。
なお、奴隷は他と同じく財産であり、奴隷制廃止には所有者への補償が欠かせませんでした。
※これまで奴隷が搾取されていたことは無視され、奴隷解放のために奴隷所有者へ金銭補償された。

第一次世界大戦

これまで、どの国も富が一部に集中していましたが、第一次世界大戦を契機に急激に格差がなくなりました。
その理由として、
・私有財産が激減した(収用、国有化など)
・インフレした(金本位制の廃止、紙幣の増刷)
ことが挙げられます。

累進性が進まない理由

大戦後は、また格差が拡大しています。理由として、政治的に累進性が低下した(累進課税の税率が低い)ため。
累進性が進まない理由の1つ目が、1990年あたりから投票率が低下していることが挙げられます。富裕層は投票率が高いのですが、大衆階級は低くなっています(自分たちが入れるべき政党がいないため)。そのため、資産が高い人の票を集めているのが現状です。
また、2つ目として、資金の国際間の移動が容易であるため、国家間で税制競争をしている点が挙げられます。より税率の安い国に資金が集まります。資金移動に再配分機能を設ければこうはならないはずですが、国家間で競争しているため、難しいと思われます。

公正な社会とは

公正な社会とは、できる限り多種多様な基本財へのアクセスを可能とし、所得と資産の分配を調整することで、最も恵まれないメンバーが出来る限り高い生存条件を享受することです。
完全な均一性や平等性、ではなく、所得や資産の格差があっても、それは願望や生活選択の違いの結果であり、恵まれない人の機会が拡大されるのであれば公正です。
そのためには、資産、相続、所得にかかわる税を累進的にして、格差を是正することが必要です。
また、炭素税を累進的にすべきでしょう。

さて、本書では、累進課税をしても、税率が今よりも高かった当時(第一次世界大戦前くらい)は成長率が今よりも高かった、なので、累進課税をして不景気になることはない、という論法なんですが、
ただ、過去は成長の余地があったから、累進課税をしても成長したのだ、とも言え、今の世で累進課税をして、その税金を使って再配分するとして、今よりも成長するのかはアヤシイかな、と思います。

ただ、政治として、国民に選択肢はあってもよく、累進課税+移民賛成+格差縮小の政党が出てくれば、保守自民党との二大政党が日本でもできるかも、と思いました。