新卒採用における「やりたいこと」

面接

私は長らく会社の新卒採用を(のちに中途採用も)担当しておりましたので、その当時は採用関連の書籍を片っ端から読んでいました。久しぶりに面白そうなタイトルの書籍を見つけて読んだところ、当時はあまり気にしていなかった観点が書かれてありました。書籍名は

就活の社会学 大学生と「やりたいこと」 妹尾麻美著

主には、大学生の新卒採用における、自由応募の歴史について述べられています。

自由応募とは(学校推薦との違い)

前置きとして、この本とは直接関係ありませんが、比較的大きな企業(特に技術系企業)では、

「自由応募」と「学校推薦」

という二通りの採用ルートを用意されていることがあります。
自由応募は、学生本人が自由に多数の企業に採用応募することが出来ることに対して、学校推薦は、学校から企業に対して学生を推薦するため学生は同時に1社のみ応募できる(自由応募と並行していた場合は、学校推薦が決まれば自由応募は辞退する)というものです。
それぞれにメリット・デメリットがあり、メリットは以下のようになります(デメリットはお互いの逆になります)。

学生側のメリット

「自由応募」
・複数の企業を希望している場合、同時並行で面接を進められる
・第一志望の会社に合格した場合、自由応募で内定をもらっていた第二志望以下の企業を(学校推薦よりは)気兼ねなく内定辞退できる
「学校推薦」
・自由応募よりは、最終面接までの面接回数を少なく設定している企業が多く、本当に行きたい企業なら有利
・学校推薦は合格すれば基本的には内定を辞退できないため、本当に行きたい企業だと、企業側へのアピールになる

企業側のメリット

「自由応募」
・学校推薦では、今後の学校との関係性や、不合格時の就職担当教授などへの連絡などに気を遣うが、そういった気遣いが不要
・合否に微妙なラインの学生の場合、学校推薦とは違ってすぐに合否の連絡をする必要がない(キープ状態にできる)
「学校推薦」
・内定辞退される心配がほぼない
・自社が第一志望ということが分かる

私が担当していた時は、学校推薦と自由応募を半分ずつ程度の枠で仮に設計し、学校推薦数の数に応じて学校推薦枠を増減させていました。企業側にとって学校推薦の何よりのメリットは「辞退がない」ということでして、自社とマッチする学生さんに、いかに学校推薦を選んでいただくか、ということをテーマの一つとして取り組んでいました。
他にもいろいろとあるのでまた別の記事で述べたいと思いますが、話がそれているので元に戻します。

学生さんの本音

さて、この本では、自由応募について述べられています。つまり学生さんは、複数の企業に応募し、複数合格すれば、その中の1つの企業に入社を決める、というわけです。興味深かった観点は、学生さんへのインタビューでして、学生さんの本音が描かれている点でした。
パターンとして大きく分けると大半は、
1.特に夢ややりたいことはなかったが、就活を進めるうえでだいたい見えてきた
というものと、比較的レアなケースではあるものの、
2.最初からやりたいことは決まっている
というものでした。

興味深かったのはここからです。まず1のパターンとして、

学生のAさんは
・成長企業をめざしたい(つぶれたらまた就活しないといけないので面倒)
・滑り止めで受けた1社(X社)に内定(中小企業)
・面倒だからX社に決めよう(自由度が高い企業なので)
・違うかもしれないので就活を続けるが結局X社に入社
学生のBさんは、
・商社で営業をやりたい
・第一志望には落ちたが、第二志望には合格
・しかし、営業じゃなくてもかまわないと就活を続ける
・結局、小売業のY社に入社(やりたいのは信頼関係を築くこと)

二人に共通しているのは、

自分の希望を後でつじつま合わせしている(都合のよいように変えている)

ということです。Aさんの場合は、いわゆる安定している企業を希望していたにもかかわらず、「自由度が高い」企業を自分は希望している、と、現実に合格した企業の特徴に、自分を合わせに行っています。
また、Bさんも、最初は営業希望だったにも関わらず、最終的には小売業に決め、「営業も小売りも信頼関係を築くという意味では変わらない」と、自分の決定したことは最初からブレていないように繕っています。
つまり、AさんやBさんにとって「やりたいこと」というのは、将来ではなく、今現実に自分が選択したことが「やりたいこと」だと、自分を納得させている、とも言えます。

もう一つのパターンとして、学生のCさんの場合、「やりたいこと」はがっちりと決まっていて、早くから企業研究を進め、就活の意識は極めて高く、他の学生を(就活への意識が低いと)見下している感もあります。
徹底した研究の結果、確固たる自分の「やりたいこと」を実現するならここしかない、自分が就職するならここしかない、とZ社を第一志望と見極めます。
しかしながら、

学生のCさんは、
・Z社は不合格

となります。
徹底した研究により、自分の「やりたいこと」ができるのはZ社しかない、と結論付けていたため、落ちたからといって、Z社以外の選択肢を取ることはできません。なぜなら、Z社以外では、自分の確固たる「やりたいこと」ができないからです。Z社しかないと結論付けたため、他社を選択するつじつまの合う理由を自分で説明できないのです。Cさんは就職活動を辞めたところでインタビューは終わっており、その後Cさんがどうなったかは分かりません。
当然、応募者(学生)と募集者(企業)が相思相愛にならないと採用とはならないわけで、一方的な思いだけでは成功しません。

「やりたいこと」が固まりすぎても、就活はうまくいかないことがある

ということです。

「やりたいこと」について

こうしてみると、「やりたいこと」というのは、それほど重要ではないように見えます。なぜなら、AさんやBさんのようにそもそもブレますし、Cさんのように固定されていても都合が悪いからです。
「やりたいこと」が固定されていると都合が悪い、という点を補足します。
学生さんにとっては、前述のように、落ちた場合どうするの?というリスクがあります。また、企業側からすると、VUCAの時代ということもあって、環境に応じて事業を再構築することもあるわけで、現在その事業に取り組んでいるからと言って、将来もやり続けている、とは限らないわけです。「やりたいこと」が固定されているということは、その業務がなくなると離職されるリスクが企業にとってはあるわけでして、柔軟性に欠けると判断される可能性もあります。

さて、実際に採用を担当していたときは、確かに実は「やりたいこと」=「志望動機」はそれほど重視はしていませんでした。最低限、自社をしっかりと調べて準備しているか=内定辞退を防ぎたいため学生さんの本気度(志望度)を図る、ことはしていましたが、その程度です。
一方で、重視していた点は、いわゆる「ガクチカ」(学生時代に力を入れたこと)でした。未来(やりたいこと)はどうとでも語ることができますが、過去の事実は変えられず、その事実を生んだ要因を深く深く掘り下げてお聞きすることで、学生さんの資質(本質)がある程度は分かるためです。
この記事のまとめとしてポイントを繰り返しますと、

・「やりたいこと」は作り込める(飾れる)
・過去の行動は変えられない(飾れない)

色々とお聞きすることで、例えば以下のようなことが分かります。

・こういったときにはこう取り組む(あるいは取り組もうとしない)
・こういう考えやポリシーを持っている(あるいは持っていない)
・内向的(コツコツ)なのか外向的(イケイケ)なのか などなど・・

学生さんの資質と、自社ですでに活躍している人材のプロファイリングや、会社の文化や雰囲気、パーパスとの共鳴といった要素とのマッチングを図り、そこで合否を決めてゆく、ということです。
このあたりのデータの活用についてはまた別途ブログに書きたいと思います。

ここまでご覧いただいてありがとうございました。