とあるところで経済学の講義を受け持たせて頂いている関係もあって、経済学絡みで気になる本は読むようにしています。タイトルの本の作者(クラウディア・ゴールディン教授)は、ハーバード大学の経済学部教授で、同大経済学部で女性として初めてテニュア(終身在職権)を獲得し、2023年に男女の賃金格差の研究の功績により、ノーベル経済学賞を女性単独で受賞しています。
なぜ男女の賃金格差が存在するのか
主にアメリカの(MBAを持つ人の)データなので、日本ではそのまま当てはまるかは分かりませんが、作者は、データを駆使し、鮮やかに男女賃金格差の理由を解き明かしています。結論としては、以下かと思います。
・子どもをもうけないならば、男女の賃金格差はほぼない
・子どもをもうけるならば、男女の賃金格差が発生する
企業側の論理として、
・長時間働くことで、より成果に付加価値がつくような職業であれば、それだけ高いプレミアムを払う
労働者側としては、子どもをもうけた場合、保育園からの急な呼び出しや、病気になったときの対応など、柔軟な働き方が必要であり、また、日常の食事の用意などの世話のため、長時間働くことがそもそも難しいという、これに関しても何ともしがたい事情があります。そのため、労働者側の論理として、
男性が柔軟な働き方をしても選択してもよいが、一般的には男性が仕事に専念する方を選択する
・両方ともに柔軟な働き方を選択すれば、男女とも賃金は平等だが、家計の収入は低いままとなるので合理的には選択されない
1つめは、リカードの比較優位説にも通じるところがあると思われます。2国間で生産量を最大化するには、比較優位な製品の生産にお互い特化する方がよい、というものです。同じようなことが家計にも当てはまる、ということです。
また、作者は、賃金格差は「時間」に依存するとしています。そのため、一般的には、仕事に専念した方の賃金は上昇し、柔軟な働き方を選択した方の賃金との格差が生じるわけです。
とはいえ、賃金格差が生じやすい職業と、そうでもない職業があります。それは「時間的要求」が大きいか否かに依存します。
作者が、賃金格差が生じやすい職業として挙げているのが
です。顧客が特定の弁護士を指名し、弁護士はその顧客に必要不可欠な存在として、顧客の要求にすぐに対応できることが、ビジネスにとっては必要不可欠だからです。必然的に、長時間労働や、不規則な勤務をすることになるため、プレミアムは大きなものとなります。
一方で、賃金格差が生じにくい職業として、筆者は
・医師
・獣医師
を挙げています。そのポイントしては、
・代替性
です。上の3つの職業は、いずれも専門性が高く、そのために賃金は低くはありません。一方で、顧客は特定の薬剤師を指名することはありませんし、どの薬剤師でも対応は可能で、代替性があります。そのため、長時間働いても、短時間働いても、時間当たりの単金は同じで、時間に応じたプレミアムは発生しません。これは、仮に、子どもをもうけて、一時的に職場を離れたとしても、格差は小さい、ということを意味します。特定の科(緊急事態が少ない麻酔科など)の医師や(グループ診療をしている)獣医師についても同様だ、としています。
そのため、男女の賃金格差を減少させるには、業務そのものを効率化して付加価値を維持・向上させながら、他の人に容易に引き継げる、つまり代替性を高めることが有効だ、ということになりそうです。